医療の構造改革なくして安心なし

 「本人自己負担3割」などを盛り込んだ医療制度改革関連法案が、紆余曲折の末、やっと国会提出された。考えてみると、ここ数年、社会保障に係る国民負担は、毎年のように引き上げが繰り返されてきた。平成8年度には厚生年金保険の保険料率、平成9年度には医療保険の保険料率と患者本人自己負担2割、平成12年度には介護保険導入、平成13年度には雇用保険の保険料率、そして、今回の医療改正といっ た具合だ。 これらの社会保障に係る負担の伸びは、所得の伸びを大幅に上回るレベルであり、実質的な負担増となっている。また、仕組み上、現役世代の負担で高齢者を支えるようになっていることから、現役世代に大きな負担を強いている。これでは、社会保障への信頼が揺らぐのは当たり前で、これが国民の消費を減退させ貯蓄に向かわせている原因の一つとなっている。 医療も、保険料負担をしていない高齢者の医療費を現役世代の拠出金と税金で賄うという老人保健制度があり、世代を通じた給付と負担の公平化の観点からその見直しが求められている。また、過剰診療・乱診乱療の原因と言われる「出来高払い制」も見直しが言われて久しい。また、健康保険の運営組織が、市町村ごと、企業ごとにあり、さらに国にもあることから効率的な運用ができていない。見直さなければならないことは明確になっている。にもかかわらず政治が決断せず先送りを繰り返してきた。
 今回の医療改正も、結局、制度のあり方にまで踏み込むものではなく、ただ、緊縮予算を組むために、「三方一両損」と称して、患者、健保、医療機関に3000億円近い負担を押し付けるだけのものだ。しかも患者と健保は同じ国民である。抜本改革ができないのは政府の怠慢によるものであり、無駄 な公共事業などの削減で国が財源を捻出すべきだ。 小泉首相は、厚生大臣当時の平成9年に、平成12年度の抜本改革を約束して、受診時の本人自己負担を1割から2割負担に引き上げた張本人である。私も、当時の小泉厚生大臣に委員会で確認したが、「2000年に抜本改革は必ずやります」との答弁が帰ってきたことを記憶している。残念ながら、平成12年当時は小泉首相は当事者ではなかったが、時の内閣は医療側の抵抗に遭い、その約束を反故にした。そんな首相だから、医療制度改革への熱意を人一倍持っているものと思っていたが、首相の言動には失望した。首相就任後も抜本改革の指示をするでもなく、9月に厚生労働省による小手先の改正案が出てきた時にも行動を起こさなかった。その時点でもう抜本改革をやる気はなかったとしかいい様がない。どうも小泉首相の言う構造改革は、国の負担を減らすことだけらしい。とにかく、保険料か患者に負担を回して、税金投入は最小限にしたいとの一念しかない。改革そのものは後回しにして、とにかく国庫負担を減らすという手法は、道路公団改革と同じ構図だ。国民の安心感を支える「社会保障」も例外ではないらしい。
 法案の附則に、抜本改革を検討し所要の措置を講ずるとは明記されたが、所要の措置も、3年先、5年先の話であり、またその中味も骨抜きにされる可能性が大きいと言わざるを得ない 。

※日刊自動車新聞「直さんの永田町Wクリック」
(3月9日掲載)