「観客民主主義」からの脱皮を

 異常とも思える“小泉旋風”が吹き荒れた参院選は、予想に反して投票率は低く、戦後3番目に低い56.44%(選挙区)にとどまった。これは、「聖域なき構造改革」の具体像が見えないため争点がはっきりせず、また、「小泉首相は支持するが自民党は支持しない」という“ねじれ”も加わり、結局、棄権した有権者が多かったことが要因の一つだと思う。
 また、投票に行った有権者も、改革を求めつつも、自民党の候補者がほんとうに改革派なのか判らないまま、「改革断行」を連呼する首相への期待から一票を投じた人も多いのではないか。ほんとうに国民の望む改革が進むのかは、選挙戦を通じて全く見えてこなかった。
 選挙結果は、私ども民主党も、改選議席を4議席超える26議席をいただけたが、残念ながら、与党を過半数割れに追い込むこともできず、自民党を大勝させてしまった。
 これで本当に改革が進むのだろうか。実際、自民党は、党の体質は何ひとつ変わっていないし、衆院議員と非改選の参院議員の顔ぶれも同じである。その上、今回の当選議員を見ると、改革には抵抗するとしか考えられない候補者が当選しているし、また、最大の抵抗勢力と目される派閥だけが勢力を拡大している。
 増殖した抵抗勢力の動きが表面化しそうなのは、今月10日にも決定される来年度予算の概算要求基準を巡っての攻防である。首相にとっては、不退転の決意で無駄な予算に切り込む基準を決定することが、選挙後最初に果たさなければならない公約である。
 また、小泉首相自身の政治手法も、その危うさが目に付くようになってきた。たしかに、歯切れのいい「断行」発言を繰り返しているが、どうも、「断行」の結果起こる「痛み」に関しては、無頓着ではないかという印象がする。
 靖国神社参拝に関する態度が典型である。国内外からの批判が「わからない」と繰り返すばかりで、「断行」を一歩も譲ろうとしない。隣国の「痛み」に鈍感な平和の誓いなどというものがあろうか。
 「構造改革」についてもそうである。どんな「痛み」がこようとも、「断行あるのみ」では困る。平均株価が今年の最安値を更新しているが、「一喜一憂しない」などと言っていないで、このような状況の中で、どのように構造改革を進めるのか国民に示すべきである。
 現在のような政治の閉塞感を招いてしまったのは、政治家の側に最大の原因があるが、あなた任せの国民の姿勢も原因の一つであると思う。これからの日本の政治課題の一つは、あなた任せの「観客民主主義」からの脱皮だ。小泉人気は、表面的ではあるが政治への関心を高めたことは事実である。これを契機に、国民がほんとうに当事者意識を持って政治に参画してくれるのか、やはり、ワイドショーを見る感覚で観客に徹してしまうのか、大きな岐路に立っているような気がする。
 政治に変化を起こす手立ては選挙だけではない。当選した議員や各政党が、どう行動するのかを国民がしっかり監視し、世論として批判や応援を続けることだと思う。

日刊自動車新聞「直さんの永田町Wクリック」
(8月4日掲載)