「年齢」の持つ意味

 21世紀―。輝かしい新年をお迎えになったことと存じます。旧年中のご厚情に感謝申し上げますとともに、本年もよろしくお願い申し上げます。
 さて、日本が抱える21世紀の課題は何であろうか。数え上げればきりがないが、その最大課題の一つは少子高齢化への対処ではないかと思う。わが国の少子高齢化は着実に進行しつつあり、それが世代間や男女間の利害対立を深め、わが国の国力低下にもボディーブローのように効いてきている。
 有吉佐和子の小説「恍惚の人」がベストセラーになったのが、30年程前の1972年。この小説は、長寿化時代の個人の生き方を鋭く問うとともに、その10年位後に社会問題化した寝たきり老人問題や介護制度の必要性への警鐘でもあった。ようやく介護保険は創設されたものの、それと同時に議論された年金制度や医療制度は抜本的改革が先送りされ、このことが国民の将来不安と老後不安を高め、日本経済の低迷を長期化させる大きな要因となったことは周知の事実である。また、次期通常国会で少子化対策の一環とされる児童手当の拡大支給とその財源対策が議論される予定であるが、本当に少子化対策に有効なのかどうか意見が分かれるところである。
 つまり我々は、30年来の課題である少子高齢化への対処について、財源問題という桎梏もあって、セイフティーネットの基本的な姿や初歩的な少子化対策も描き切れずにいるのである。これらを、国民合意を得る中で、いかに早期に解決できるかが、21世紀の日本社会が明るい展望を持てるか否かの鍵を握っているといえる。
 厳しい財政制約下でセイフティーネットを構築していくポイントの一つは「年齢」の扱いであると思う。日本の諸制度は、ことごとく、年齢を適用基準とする「年齢輪切型」となっている。年金と介護は65歳、老人医療は70歳が区切りになっている。
 ついでに言えば、雇用制度も、「年齢輪切型」となっている。その典型は60歳定年である。また、最近、雇用のミスマッチがいわれるが、これは本来、求人側と求職側との間での能力に関する不適合で起こるものであるが、わが国では、求人側による一方的な年齢制限で起こっている。高齢者が多数を占める社会においては年齢を問わず、元気な人にはどんどん活躍してもらわなければ国がもたない。
 年齢は確かに客観的な基準であるが、他の要素を無視して、あまりにも年齢による峻別が行き過ぎているのではないか。高齢者になればなるほど、個々人の経済力や体力には差ができる。今後のセイフティーネットの諸制度は、「年齢輪切型」ではなく、援助の必要な人には必要な給付を行い、余裕のある人は自力でという考え方をもっと採り入れるべきだと思う。そうすることが社会保障における国民負担の軽減にもつながる。
 21世紀は、「エイジレス社会」になる。その前提に立って、国民全体で「年齢」の持つ意味を再検討・見直すことが不可欠と思うが如何。

日刊自動車新聞(1月13日掲載)